本日の朝食、秋の新潟・旬まっただなか
新米コシヒカリにいくらの醤油漬け、ほうれん草の味噌汁に塩鮭。
では解説しましょう。
こしひかりは当然自家製。一升ごんごう炊きのガス釜をかたくなに使用。
いくらは、正真正銘信濃川遡上もの。北米あたりまで旅してきたらしい。
おととい、川漁師の氏田自動車からもらってきた。身は味噌漬けと塩引きにして、いくらは清酒麒麟山と塩醤油のみのシンプル味付け。
川遡上ものは、ぬめりが多く、まな板上にて死しても暴れる悪いくせ。みごと私の指を二本ほどスライス、出刃とぎたての威力を実感、その切り口の血を見ながらしばし感動。
それから、味噌は昨年秋仕込んだ一年もの白味噌。これにもいわくがある。
わが家は二年に一度、五月に味噌を仕込む。・・・・昨年も、麹を起こして、いよいよ明日味噌豆を煮るという日、父が死んだ。約五年間の闘病、寝たきり半年の臨終であった。医者に連れて行く間もなく家で息を引き取った。・・・死人が出た年は、仕込みものはうまくいかないという。新盆を過ぎて秋の稲刈りを終えた後、小屋の冷蔵庫から、古くなった麹を取り出した。子供と一緒に、少ししょっぱめに仕込んだ。
この秋、母が味噌倉から取り出した新もの。今までにない出来映えだった。秋仕込み冬越えの妙技である。しばし感動・・・・父に感謝。
今朝の食卓、わたしの感動をよそに、娘が台所にきて一言。
「パンが食べたい」・・・・・・・・ばかたれと一喝、
「いくらご飯一週間の刑に処す」・・・・・・・