満行寺葬儀・始中終

 ライトアップされた満行寺山門


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 お寺様の葬儀に立ち会うことはめったにない。世話方の最高齢者,外河氏をしても記憶はないとのこと。先代の住職が亡くなって50年,世話方を世襲したとしても親の代のこと。
 黒鳥の世話方佐藤氏も,20歳のときに先代住職が死んだついでに,お寺の世話方も代がわりして引き継いだとのことで,葬儀自体まったく知らずである。
 世間一般にはまったく関係のない,木場もんであっても檀家でなければまったく関係のない話であるが、記録としてとどめる。

 通夜から葬儀,そしてお斎まで・・・・




e0034554_13365863.jpgl 生花は白。お釈迦様が死んだ時,木には白い花が満開だったことから。昨今は華美になって赤い花などが入ってきてしまったとのこと。それから白黒の幕もなし。明治の時代になって,めでたいものは紅白,不幸は白黒となぜかきまったらしい。かたくなな風習,大事。こういうときに騒ぎごとの基本がわかる。(通夜にて)







e0034554_13371874.jpg満行寺伴僧の村上様(左)
住職の大谷大学時代の後輩で九州湯布院近辺の出身,独身。葬儀の座配役から細かな指示を受けている。檀家と住職をつなぐ大事な役目。
真ん中の白木の位牌,「無辺院釈尼妙香」とある。






e0034554_13373796.jpgお寺様専用通用門

 我々は、くぐることかなわず。この庫裏が1億円の品物。瓦は島津家特有の丸に十文字。われわれは、この角で、お寺様たちを招く係り。







e0034554_13375164.jpg世話方と村うちの親戚を兼ねている武田氏,当主武田正兄さん。

 武田一族は,甲斐武田の残党が上杉領内の越後に越してきた一族。彼の家はその筆頭である。満行寺と親戚付きあいしているのも何かの縁か。
・・・というのも満行寺は,北信濃,村上義清が武田信玄に滅ぼされたため,信州高井村から出てきて,山際家の庇護のもとに定住したものである。
 当時の越後は豊かな国で,上杉さんが門徒(浄土真宗)をあつく庇護していたのでうなづける。ちなみに,高井村は,隣の山田村と合併して,高山村になった。

 血縁はないが満行寺と村内の親戚は,以下のとおり(情報不確定)

・武田六郎平・土田総二郎・山際八右ヱ門・小林助佐ヱ門・山際熊蔵・大谷甚左ヱ門・親様(山際家)







e0034554_1338472.jpg通夜セット

 お寺も通夜振る舞いを簡単に。偲びねセットを持たせる。ワイン,ケーキ,紅茶のセットなり。







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山浩さん,お寺のお経の会,蓮華会会員

 県展入賞の写真の腕前を買われて,記録班となる。県展は花の写真だったけど,御堂の中で動く被写体ではどうか。こういうときのカメラマンは,ずうずうしさが大事です。





e0034554_17482942.jpg世話方,受付の面々
 板井村からは,両種村氏。黒鳥村からは佐藤氏と那須野長松氏が受付。
 木場は,丸山喜代司,外河虎蔵,大谷甚左衛門らの顔が見える。







e0034554_13385265.jpgお寺様集合。
寺親戚が向かい合って16人。葬儀のお経第二部の配置。てっこつに、金巻聞念寺様が座る。聞念寺と満行寺は姉妹提携しているとのこと。われわれは,第一部が終わった後,休むという合図もなくスタンバッていたため,時間の経過とともに疲れて茶飲み話を始める。





e0034554_13392068.jpgりむじん 霊柩車。4本マフラーのシボレー。

 山門から先に,見送りをするために集まっていた村の人たち。ほどこし(施)の饅頭をくばる。山門の上では親戚衆が鐘をつく。外車のクラクションはやっぱりいい音。

 俺のときは,やっぱりクラウンの宮付きがいいね。
       あの世に送られるときもやっぱクラウンさ。
         やっぱ最後は、黒塗りでしょう。
  



e0034554_13394671.jpg板場でお経を読むご婦人。

 









e0034554_1340759.jpgお斎の会場を写す。当然,私は末席です。木場は順番に上組から最後は新田ですから。
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by kbmn37gnkds | 2006-05-18 13:42 | 越後の国のこと
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