2006年 05月 15日 ( 1 )

満行寺の前々坊守奥様、亡くなる


 木場、島津山満行寺の先々代住職の妻、島津文子さんが95歳でなくなりました。

 日曜日、世話方として会議に参加、葬儀についての打ち合わせをしてきました。

e0034554_8433292.jpg


神妙な様子、武田葬儀委員長。このあとしばらくして、香典の金額で笑わせて、一気に会議が和む。和みついでに、まったく本筋のことが決まらず。
 
 さて、亡くなられた大奥様は赤塚のお寺から、今の奥様は月潟満得寺から、そして現住職崇之さんの奥さんは、小針のサラリーマン家庭からそれぞれとついでこられた。
 木場小の閉校記念誌作成の折は、幾度か足を運んだ。耳が遠くなられたが90歳を過ぎても健在だった。つれあいの先々代、島津恵能さんは、早くにに亡くなっていて未亡人生活が長かった。また先代島津恵麟さん(長男)が早くに脳梗塞で倒れ(現在リハビリ中)精神的な苦労も多かったに違いない。まさに、戦前戦中戦後を生きた人だった。
 戦争中は、東京からの疎開児童受け入れを、近郷でも黒埼ではいち早くおこない、多くの人たちに慕われた人だ。お寺からとついでこられただけあって、威厳があった。

 7.8年頃前の話。

 長男麟太郎が、学校の地域学習に満行寺を訪れた際、全員で本堂でおまいりしたそうな。
そのとき、「お寺様が元気になりますように」と声をだしてお参りしたとのこと。住職が脳梗塞で療養していることを知っていた村の子どもの一言に、大奥様はたいそう感動して、わが子をほめてくださったそうな。親戚から後で聞いた話である。 子どもながらに親の会話を聞いていたようだ。

 「お膳のごっっおばっか食ってるとお寺様みてに病気になんだろ」
 「年忌でお膳頼むのもよしあしら・・」などといっていた。
 
 あながち、ほんとかも知れない。いまはスローフードさ。


会議の次第(詳細は写真クリック)
<br clear=all>
e0034554_8451284.jpg<br clear=all>世話方31名。平均年齢70歳。このあと、告げの案内はがきの宛名書きしたけどけっこう皆の衆、達筆だった。なんたって、このはがきで香典が多い少ないとなるから、心をこめてとなる。しかし速度が遅い・・・・





e0034554_8434572.jpg<br clear=all>おまけ
佐渡「金鶴」・五泉「菅名岳」の飲み比べをおこなった。・・・・五泉の勝ちだなこりゃ。

 さて、今日は5月15日。父の2回目の命日である。
 残念ながら、お寺様のお経は葬儀が終わるまでこれないとのこと。母が上げるとのことである。
[PR]
by kbmn37gnkds | 2006-05-15 08:43 | 木場のこと