![]() 朝6時集合。木場地区の子ども会と,村の新田八割組合同の草取りが,おこなわれました。 午前7時には,すべて終わり各自にジュースが配られました。(上の写真) この草取りは,今年で3回目になりました。村役からは,子ども会が入ってくれて大助かりと,好評のようです。高齢者組織しかない村には,子どもをだしに使って,怠け者の親を引き出す大事なことです。 庄屋山際家から,先祖代々宮のもりをつとめる山際善平さん(右)このお宮は,上越新幹線と北陸自動車道がもっとも接近するところにあって,お宮と山際さんの家が,唯一はさまれて建っているところです。 この間,約100メートルもないところですから,当然騒音もうるさく,生活の本拠地上空に新幹線や自動車が,山ほど走っているのですから大変です。 当時,昭和50年代前後の,いわゆる田中角栄さんの日本列島改造論が実現した,二つの国家的プロジェクトにたいして,先代の宮守は,周りの皆さんが移転しても,宮守の役目があるとして,移転しませんでした。これは,すごいことだと感心しています。 文政年間に寄進された灯篭です。だいたい200年は昔のもの。・・・などと感慨ぶかく,眺めていると,屋根の隙間から光がー。はつきりいって,ぞっとしています。どうか寄付金集めなどないように。村の特別会計で間に合ってほしい。どうやら,屋根地を張り替えないといけない時期になっています。屋根板がくさって瓦がずれていますから。 ここで,エピソード1です。 死んだ父が,村の副区長しているとき,役場が補助金で造成してくれるという,宮の森公園整備計画に対して反対を唱えたことがあります。 (いちがいこきですから,しょうがないですが・・・) お宮と公園の一体感を出すために,お宮のささやぶを倒すということについて,それはだめだといった唯一の村役です。大方の村役と宮のもりさんの意見に対して父の論は, 「風雨に耐えるために笹薮は必要」 「風が強い地域でも屋敷森があるから,冬囲いがいらないで済んでいる」でした。 道具好きで,なんでも自分で管理していた父の生き方を,今振り返ってみると,もしかすると「適」だったのかも知れません。 さて,今年も,去年も,子ども会の役員ではない私に,山際宮のもりさんは, 「ありがとう,今年もいいとこ終わったんで,解散してもいいですよ」っていうことは, おれを,宮のもりにしたいんだろうか・・・・・・・・・・・・? < 前のページ次のページ >
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