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カテゴリ:あぽんな・たいむ(写真スキャン)( 12 )

いにしえの旅、マウイ

 今日は、暴風雨。NHKならば、ぶーふーうーというところ。

 

  懐かしのマウイ島たびを、写真帳から引っ張り出してきた。


  6日間ひとり旅。ウインドサーフィンして、ドライブして、コンドミニアムで優雅に過ごすという企画。

  今思えば、ぜいたくをしたと思う。

  体に故障もなく、金にも惣困らずに・・・・20年は前だったかな―。




 
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  3000メートル級の山、ハエラカラに向かう途中。

  車は、なんか、カローラみたいなちんけなやつ。

  午前中はサーフィンして、午後からはドライブして。

  島を一周したし、山にも登った。

  同じことを毎日すること、たとえばサーフィンなんかして飽きないのかという疑問。

  まったくないと思う。

  一日の中で、ちゃんと変化しているから。

  まあ、武道でいうと、毎日同じことをしている稽古のようなもんで、波や海と遊ぶことは、毎回が変化への対応だから。




 
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  カナハだったか、スプレックスだったかのウインドゲレンデ。

  ここマウイは、おいら2度目。前回は5人出合宿した場所。

  そんときは男だけだったし、隣のコンドに江戸っこ娘がいたりで楽しかった。

  友人には、何度もマウイに通ったジャンキーもいたが、いまはもう、年だよな。

  いま、ここに行くとしたら、旅の組み立ては、ウインドは1.2日あれば十分だと思う。


 


 
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 島の右下の、名のない、ショア。

 1枚の崩れない波がするするするーと、板を運んで行く感じ。



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 南国を思い出さずにいられない。

 只今、腰痛治療中。



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by kbmn37gnkds | 2015-01-18 10:27 | あぽんな・たいむ(写真スキャン)

晴・耕・雨・読

 
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 「昭和64年3月」と、石には刻んである。

 山形置賜地方の、とある農業高校分校。

 閉校の記念に刻んだものだ。


 今日は、この晴耕雨読にふさわしい朝である。

 炎天が続いたあとの雨。

 もの静かである。

 ダイナミックな秋がくる前、こんな時は本を持って温泉に・・・・・

 とはいくまい。

 仕事だから。

 本日、弁当が必要な人3人。おいら、娘2人。

 中学校運動会の応援練習1人、介護実習1人。

 にいちゃんは、士官先訪問にいくという。

 人、それぞれの道にすすむ。

 2005年、いにしえの写真をもとにつぶやく。

 8月20日朝記す。


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by kbmn37gnkds | 2013-08-20 07:12 | あぽんな・たいむ(写真スキャン)

しーあんの旅

 
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 思ー案ではない、西安。

 唐の都、長安に行った時の写真。

 99年春、農作業前、父の病気を、病気ではないからと、出かけた旅。

 仕事場の広報担当と、父の友人と。


 この旅で。

 上海とは異なった、回教徒に近い場所、整備されていない土地の中国に出会った。


 
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 目の前の手打麺ができたてで、大盛り4元。だいたい、60円。

 「胃ぶくろが4つあればー・・・・」

 メニューを見れば、正直、みんな食いたい。

 おいらは、香辛料のきいた、牛肉麺をいただいて、大満足。


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 父との旅行は、これで最初で最後。

 いや、家族で出かけたハワイがあったか。

 ただ。
 
 親孝行だとは、けして思わない。

 たとえ老いた農家であっても、現役であってほしい、なのでおいらは、旅の先導役、ただ旅の同伴者たち。


 「そーいえば、思ー案だけは、まだ行ったことがない」

 という、父のつぶやきからだった。





 1999年。当時の写真を好きやん、もといスキャンして、旅日記をつくってみた。

 なんたって、ブログ仲間、知人の世界広大様が、30年前の新婚旅行の写真をアーカイブスしているのにつられて、アルバムをひっくり返しているもなか、もとい、最中なのである。


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by kbmn37gnkds | 2013-07-01 21:53 | あぽんな・たいむ(写真スキャン)

あるお調子者の話

 
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 娘、いろはが、にいちゃんのアパートで、大学受験の宿にして逗留していることは前回書いたとおりだ。

 にいちゃんから先日、

 「正月に実家に帰ってて、バイトの稼ぎが少なくて、助けて」

 と、連絡があり、よっぽど困らなければ、勇気がなければ、連絡などはくれないだろうと思い、2万円出してやったところ。
 
 そんな心配もあって、布団の心配やら、妹を頼むよの電話を入れた。

 「どうだ、家賃払ったんかー」

 「うん、払った」・・・んだけど。

 「何、どうしたー」

 「昨日、ガス止められて・・・」

 3か月分のうち、1ヶ月分は払ったんだが、連絡が遅れたとかで。

 「ばかっ」「・・・たれ」

 「いまはもう、大丈夫だけどー」

娘が、渾身のありったけの力で、大学受験に臨んで出かけながら、シャワーさえも浴びれず、ふだんは、毎朝起きて髪を整えて高校に出かけてゆく姿を見ていて、どんなに歯がゆかったかと思うと。

 この写真にあるような、お茶らけた敬礼のおとこか、おまえは。

 おれの子ゆえか。




 越後地方は、大雪である。

 ただ、耐えるのみである。
 
 当面は、押人忍の精神で行きたいと思います。


   引かば押せ 押さば押せ


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 写真を見ていると、

 「こいつぁ、しんつれい、しましたー」

 という、カトちゃんに見えてくる。

 
(写真は相当前、新発田駐屯地かなあ・・・・)


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by kbmn37gnkds | 2012-02-04 21:09 | あぽんな・たいむ(写真スキャン)

懐かしのクラウン


 
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 あのころのクラウン。

 M型エンジン。

 3速オートマ。

 シャシーがあるボティー。

 ビール1ケースで買った車だったが、よく走った。

 いろいろ出かけた。7人乗り。

 あのころの板は。

 体重がまだ、いまより-10キロで、こんな薄い板でも乗れたのに。

 130リッターの分厚い下駄のようなボードに乗っていても、あたふたする始末で。

 
  しかし、つくづく。

 仕事に追われていてとてもー・・・などと言っていられないのであるが。

 老体になっている。

 鞭打つ人、募集中である。 
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by kbmn37gnkds | 2011-12-15 23:15 | あぽんな・たいむ(写真スキャン)

夏の思い出・・・尾瀬

 
 今朝、ブログを開くと、TYO方面にいる、Y本の二番目の娘さんから、思いがけずコメントをいただいていた。
 小さい時からよく知っているし、おいらの素性もよく知られているし、たいしたことが、言えない。
 
 ただ。
 懐かしついでに、十数年前、尾瀬に、ふた夫婦子ども4人で出かけたことがあったなあと思い、写真を探してみた。
 出てきたー、あるあるー、夏菓子屋ー。

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 あの時の記憶では。
 舘岩村の民宿に泊まり、両家がふすま1枚となり同士、なぜかおいらのいびきが漏れたらしく、
 「いびきがうるさくて、もうイカおじちゃんとは、泊らない」といわれ。
 
 我が家は我が家で、夕餉にやまほどのジュースを飲んだ兄ちゃんが、やはり世界地図を描いていて、朝からドライヤーで、蒲団を乾かす作業に追われたこと。
 いよいよ尾瀬に行くと、歩きついでに、登山道に飛び出ていた、ねこじゃらしを抜いて持ってたら、
 
「自然を傷つけてはいけません」と、パークレンジャーらしき青年にしかられたこと。

 木道一本に、あんまり人が多すぎて、こんにちは責めあいさつで、えらく疲れたこと。

 ・・・・そんなこと、あったなあ。 

 光陰らいくあろー ゆく年くる年しわの数 記憶が薄れて脳卒中 

 つくづく人生一場の劇、自作自演の大活劇とはよく言ったものだ。


 話は冒頭に戻る。

 彼女は今。
 高校を卒業してから、きっちり2年間働いて、とてもそんな期間では手にできないほどのお金を貯めていた。
 
 「やりたいことがあるから、東京に行きたい」
 「よし、そこまでの意思があるなら行ってこい、困ったことがあったら、いつでも戻ってこいよ」
 
 こうした親子の会話があった後、彼女は今、都で歌や踊りを学んでいるようだ。

 

     姉と妹、それぞれに道がある。



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 我が家、子育て前半組の二人、写真があった。
 当時の愛車、海坊主号にのっかっている。

 
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  今。
  そんなおいらはというと。
  子育て後半組みに、もう一人いて、よわい50に近いのだが、何とか頑張っている。
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by kbmn37gnkds | 2011-01-25 20:55 | あぽんな・たいむ(写真スキャン)

大蛇が3匹


 平成15年撮影

 木場地区上空、北側から写す。 

 
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 高度経済成長によって、

 田中角栄氏によって、

 わが村は大きく変動した。

 当時を知る村役場の開発担当OBは、大蛇がほうずると表現した。

 集落が分断される山田地区は、むしろ旗で反対運動を起こす寸前だった。 


  写真左は、うねうねの暴れん坊川、中の口川
  写真中央は、上越新幹線。その右隣が北陸自動車道だ。

  首都圏から新潟を結ぶ、2つの交通網が、一番くっついているところが木場である。
  この真ん中に挟まれたところに、木場八幡様がある。


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 同じく、南側から撮影する。

 上の写真とも、木場小学校の閉校記念に撮影されたものである。


 (思い出)
 中学の卒業式を終えて数日後。
 開通前の高速道路の上で、スプライトのサントリーホワイト割り(逆かあ)で酒盛りを始めた。

 その後どうなったかっていうと、
 気分良く飲んでいるところに、道路パトロールがやってきて、
 「何やってんだー。、おりれー」

 閉店前に居酒屋を出されたお客のようだった。

 たしか昭和54年だったと思う。15才の春である。
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by kbmn37gnkds | 2010-09-23 08:57 | あぽんな・たいむ(写真スキャン)

まだまだ青かった25.6歳のころ


 
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 こいつに乗ってた頃。20年は前のこと。
 地元の月刊誌から取材されて、生意気にも、掲載されたことがある。
 
 バイク乗りが、毎月リレーで紹介されていくという企画だった。

 おいらのタイトルは、
 「バイクはカッコつけない、自然体が一番」

 
 どんなにかっこよいバイクに乗っていようが、そっから離れれば、バイク乗りなんていう趣味もわからぬただの人っていうことを言いたかった。
 釣り竿を、車体にガムテープで貼りつけて、ツーリングに出かけていたころのことだ。
 16歳からバイクに乗り始めて、10年後のことだ。

 コメントの最後に、
 「つぎにどんなバイクに乗りたいですかー」と聞かれ、
「スーパーカブ250みたいのがあったら」と答えていた。

 そんな考え方は、今の、おいらのライフスタイルに近づいていると思う。
 ビッグバイクには、機動力に限界があると感じている。
 いまは、125のスクーターが、えらく活躍している。
  

 
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 このころ。
 まだまだ、おいらはやせている。もちろん独身である。
 なぜか、田んぼの真ん中で、ポーズ取っている。
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by kbmn37gnkds | 2010-07-13 22:23 | あぽんな・たいむ(写真スキャン)

おやじのスナップ


 あぽんなたいむ・・・若いころのおやじ


 
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  カメラもって。

  嬉しかったと思う。

  カメラを持って農閑期、あちこち出かけたようだ。


   宮本常一の言葉通りである。


  おいらも。

  土着的環境にしばられている・・・・・ことをばねにして、あちこち出かけたい。

  いや。出かけるぞ。

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  なぜか今。

  昔のアルバムをほじくって、時空の旅をしている。
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by kbmn37gnkds | 2010-07-01 07:30 | あぽんな・たいむ(写真スキャン)

おいらの遊び場、五か浜の昔


 あぽんな・たいむ・・・・ 父の写真より


 
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  昭和30年ころ。
  巻町五ケ浜。

  いまだシーサイドラインという有料道路が通っていない時代。
  この浜に行くには、船か、波を逃げるようにして岩場を伝ってゆくか、はたまた五ケ峠の山越えでしか行くことができなかった。

  感覚的にいうと、ハワイホノルルのハナウマ湾。
  


 


  
  
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by kbmn37gnkds | 2010-06-30 20:23 | あぽんな・たいむ(写真スキャン)