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立岩が独島だったら

 
 ここは,新潟県。シーサイドラインにある風光明媚な海岸にたっている立岩。
  5月吉日,韓国の船が立岩に上陸,一気に頂上に登るやいなや大極旗が立てられた。 十分ありえる話。 立岩転じて独島となる。

 話し合いで解決したい多くの日本人の考え方に対して,武力だろうがなんだろうが,とりあえず出て行ってもらってから話し合いを始めるタイプの日本人は,私。

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 領土は主張すること,専用占有すること。そして世間一般国際的にも認められることである。 自宅の部屋でも同じで,子どもの部屋に勝手に入ることは不可侵条約違反である。共有地のトイレであっても管理者がいて,その指導に従う義務がある。

 韓国という国には,10年ほど前,国がつぶれかけてIMF管理下におかれたときに,隣の国として,こんじょよしになって,山ほど金出してんの我々日本人。
 さかのぼれば,日韓併合のときもロシアに追い立てられ,中国も助けてくれず,内政も倒れたところで日本が入って,ロシアの南下を防いだ経緯があって。まー,隣人の不幸は身内の不幸って考える日本人多いから(?)こんじょよしなんだけど。

 6月22日,独ソ不可侵条約をヒトラーが破ってソ連に進行した日,バルバロッサ作戦発動の日である。ふと思いついて書いた。
 ドイツ機甲師団の本持っていた,軍国少年にはどきどきする話である。
 ワールドカップも近い。



おまけ
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 夏草やの東北電力巻原子力発電所予定地に立つ

 まったくの静か。プライベートビーチである。海岸が浸食されてがけになっている。
 突き出たU字溝が何かさびしく物語る。

 
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by kbmn37gnkds | 2006-05-30 08:19 | 家や家族のこと

にわか気象予報士


黒埼南小学校の運動会当日。



 天気予報は間違いなくレイン。
 朝,5時46分小学校の小川教頭から寝耳の電話がなる。(・・・ハイテンションだな)

「おはようございます。今日の運動会はできますかねえ,地元の意見が聞きたくて・・・」
寝起きで,外も見ていないところにいきなりで,私は素直に,

「大丈夫,やるしかないでしょう,ぜったいやらんば」と答えた。教頭は,
「がはは・・どうも・・」と話を終える。
その後,田んぼの見回りへ,途中いきなり雨。学校の判断はいかに・・・・

9時の開会式に顔を出す。校長先生のあいさつ,
「今日の運動会,やるか延期しようか迷っていたところ,地元の五十嵐さんから,ぜったい大丈夫,やりましょうという心強い言葉を聴いて,今日の運動会をやることにしました・・・・」というあいさつ。・・・・・・なんだこりゃー。

 その後,1時間後に土砂降りになった。・・・・

 小川教頭先生の談話より
 「五十嵐さん,バイク通勤だから雨のことくわしいでしょう」っていうPTA役員の意見から電話したとのこと。ようは,最後のげんかつぎみたいなもん,がははである。





e0034554_10202128.jpg 来賓席に梅津さんの顔がみえる。4月から学校現場から教育行政に出向中。初代校長ゆえに,思い入れも大きいに違いない。地域の人もこれに応じて彼女のファンは多い。




e0034554_10211459.jpg 選手宣誓の子供たち。専属のcameraやさんを押しのけて,親御さんはわが子にcameraをむける。(子供の宣誓中,ガムかんでたよ)



 パチンコに熱中してこども車の中で煮てしまう親,部屋にかぎかけて留守番させておいて,火事に間に合わず子ども焼き殺す親からみれば,ガムかんで正面テント前に出て行く親,ありですかね。
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by kbmn37gnkds | 2006-05-28 08:29 | 木場のこと

どかべんジャンパーの活躍

 
 私は,新潟市のセーフティースタッフの一員である。

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 ショッキングなオレンジジャンパーを着て田んぼの水を見て回る。犬のしろをのせて,早起きの朱鷺子をのせて。
 パトロールしながら,稲の生育を見る。朱鷺子にcameraとってもらった。なかなかいいアングル。

 「悪い子はいないかーがおーっ」っていうなまはげタイプもあってもいいかも。小さい子にはききそうだ。
  なまはげの顔に夜露死苦のプリントでもいかがか。



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 長男,麟太郎。中学校の校外自治委員。生徒玄関で服装を注意する係だそうだ。

 気合の3ミリカットを,とこやさんの窓越しから写す。とこやさんの機転により正面から写すことができた。まだまだ世の中面白い。
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by kbmn37gnkds | 2006-05-27 19:36 | どうでもいいこと

昼ぶら,三越へ



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 三越で村上市物産展をやっていたので,ついでの用事をたしに,昼ブラしてきました。

 目的は,県内産,北限のお茶を買いに。・・・というのも,6月7日,九州佐賀からスローフードの講演会があるため,その人に出すためのお茶を仕入れてきたというわけ。妻の母の故郷である粟島の海苔もあったので,仁義買い。これで夕食接待用のおにぎり・お茶がそろった。
 もちろん,米はうちの,梅干もうちの自家製でいくつもり,自家製の味噌汁も検討中。

 会場で一番おいしそうにしていたのが,ちまきと〆張鶴の店。
 「一杯どうですか・・・」
 「これ(ネクタイ指差して),ぶら下げてるから」 
 と遠慮してみたが,
 「けって,はかいくろか・・・あはは」といいつつ,やはり我慢。

 前田酒屋から,〆張鶴の専務(倅)が先週結婚したと聞いていたのでおめでた話をする。・・・・ここでうちに帰って飲むおみやげ試供品がもらえるはずなのだが・・・あにはからんや・・・だ。

 ちまきのほうは,もち米が黄色のやつだそうで,客のおおばあちゃんが「これさ,これ」といって買っていった。
 「おれひとつでいいんだけど・・・」ばら売りしないんだそうで,これまた残念。
 
 帰りは三吉で大盛をすすってきた。三吉は信濃町でやってるお兄さんのほうがうまい。油がくさい。俺の舌,完璧。

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 一階の化粧品売り場にて。

デパートにくると,鼻にくらっとくる洋物の香水。

はじめて外国に行ったときの,強烈な印象がよみがえってくる。

デパート一階の香水は,海外旅行中毒者にとって,「あへん,吸え吸え」っていってるようなもんで,すぐにJTBに行きたくなってしまう。
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by kbmn37gnkds | 2006-05-24 13:05 | 越後の国のこと

木場地区大運動会無事終了


 木場地区の運動会が今年も無事開催されました。

 毎年、すったもんだのちょちょら仕事、体育協会(私、役員)。
 大字の役員は老体で、酒が入ると戦力なし・・・
 婦人部の役員は団塊世代真っ只中で頭句なし・・・
 PTAは、音頭とりがいないと右往左往・・・・
 消防団の若者だけが唯一、きりりとしていた・・・

 などといいつつ、きちっとできないところがいいところであって、一種の,年に一度の村人の「防災訓練」のようなもの。
  現場仕事のやっつけ仕事が得意(教育委員会の経験から)なところを買われて、本部にて雑用やってました。
 また今年も、新潟市防災課から「自治防災組織の活動にはお金あげます事業」によりデモンストレーションとての競技がいくつか行われました。

 ありきたりの運動会ですが、木場村の精一杯の人たちが登場してます。ではいくつかお見せします。

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 昼のアトラクション、幼児レース。来賓および大会役員がお菓子を持ってえづけしてます。青木県議、永井市議、岩野民生委員。最後に、のんべ区長のおなじみ武田区長の姿が見えます。幼児も少しづつ増えてきているようでありがたく、今年は景品をお菓子にしたのでだっこで登場するおかあさんもいっぱいいらっしゃいました。

 

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 防災バケツリレーのアンカー新田地区と下組地区のデッドヒート。
 旗を持って50メートル走るだけなんですが、この写真の直後に足がからまって転倒です。どっちが転んだかは、一目瞭然。・・・・・・・とんちのおやじです。

 とんちの親父、除草剤まくの大好き人間。ブロッコリーの畑なんて見事に尽きる。おかげて頭の毛も枯らしている。



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 体育協会会長、渡辺さん。通称「ぼっこれなべ」

 昼から、酒がはいってしまい,マイクをもってしゃべり始める男。水消化器ペットボトル倒しでは、観客にノズルをむけるなど,例のごとくぼっこれてました。

 この人、ミスター教育委員会、現場あわせの大天才です。

<運動会雑感>

 1.各地区の慰労会、近年,手間かけず金かけるが増えてきていて残念。ちなみに新田地区は、大人オードブル、子供はマック。店屋物にがっくり。手作り料理で文句言う人いたら叱ってやるから、なんとか婦人部子供会のおなごども、がんばって。
 
 2.次の日曜日は小学校の運動会。似たようなことが続く5月である。小学校区内の地区が全部集まって,南小学校の運動会と一緒にできれは、地域の大人も子供もみんな集まれていいのにと思う。

 3.校内全面禁煙にして3回目。毎年学校から,かぎ預かって最後に閉めて帰る係りしてて、3回とも、タバコ吸殻バケツを捨てる係してる。酔っ払ってくると人のマナーは低下する。

 「歩きタバコ、くわえタバコ、女のたばこ、子供抱いてのタバコ」増えてる。

 4.防災リレーによる経済効果。35,000円が各地区に交付される。その金はオードブル代金に消えていく。マックのパンに消えてゆく。これでいいのか新潟市。
 オードブル、しっかり残ってましたよ。無駄無駄。
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by kbmn37gnkds | 2006-05-22 11:07 | 木場のこと

満行寺葬儀・始中終

 ライトアップされた満行寺山門


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 お寺様の葬儀に立ち会うことはめったにない。世話方の最高齢者,外河氏をしても記憶はないとのこと。先代の住職が亡くなって50年,世話方を世襲したとしても親の代のこと。
 黒鳥の世話方佐藤氏も,20歳のときに先代住職が死んだついでに,お寺の世話方も代がわりして引き継いだとのことで,葬儀自体まったく知らずである。
 世間一般にはまったく関係のない,木場もんであっても檀家でなければまったく関係のない話であるが、記録としてとどめる。

 通夜から葬儀,そしてお斎まで・・・・




e0034554_13365863.jpgl 生花は白。お釈迦様が死んだ時,木には白い花が満開だったことから。昨今は華美になって赤い花などが入ってきてしまったとのこと。それから白黒の幕もなし。明治の時代になって,めでたいものは紅白,不幸は白黒となぜかきまったらしい。かたくなな風習,大事。こういうときに騒ぎごとの基本がわかる。(通夜にて)







e0034554_13371874.jpg満行寺伴僧の村上様(左)
住職の大谷大学時代の後輩で九州湯布院近辺の出身,独身。葬儀の座配役から細かな指示を受けている。檀家と住職をつなぐ大事な役目。
真ん中の白木の位牌,「無辺院釈尼妙香」とある。






e0034554_13373796.jpgお寺様専用通用門

 我々は、くぐることかなわず。この庫裏が1億円の品物。瓦は島津家特有の丸に十文字。われわれは、この角で、お寺様たちを招く係り。







e0034554_13375164.jpg世話方と村うちの親戚を兼ねている武田氏,当主武田正兄さん。

 武田一族は,甲斐武田の残党が上杉領内の越後に越してきた一族。彼の家はその筆頭である。満行寺と親戚付きあいしているのも何かの縁か。
・・・というのも満行寺は,北信濃,村上義清が武田信玄に滅ぼされたため,信州高井村から出てきて,山際家の庇護のもとに定住したものである。
 当時の越後は豊かな国で,上杉さんが門徒(浄土真宗)をあつく庇護していたのでうなづける。ちなみに,高井村は,隣の山田村と合併して,高山村になった。

 血縁はないが満行寺と村内の親戚は,以下のとおり(情報不確定)

・武田六郎平・土田総二郎・山際八右ヱ門・小林助佐ヱ門・山際熊蔵・大谷甚左ヱ門・親様(山際家)







e0034554_1338472.jpg通夜セット

 お寺も通夜振る舞いを簡単に。偲びねセットを持たせる。ワイン,ケーキ,紅茶のセットなり。







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山浩さん,お寺のお経の会,蓮華会会員

 県展入賞の写真の腕前を買われて,記録班となる。県展は花の写真だったけど,御堂の中で動く被写体ではどうか。こういうときのカメラマンは,ずうずうしさが大事です。





e0034554_17482942.jpg世話方,受付の面々
 板井村からは,両種村氏。黒鳥村からは佐藤氏と那須野長松氏が受付。
 木場は,丸山喜代司,外河虎蔵,大谷甚左衛門らの顔が見える。







e0034554_13385265.jpgお寺様集合。
寺親戚が向かい合って16人。葬儀のお経第二部の配置。てっこつに、金巻聞念寺様が座る。聞念寺と満行寺は姉妹提携しているとのこと。われわれは,第一部が終わった後,休むという合図もなくスタンバッていたため,時間の経過とともに疲れて茶飲み話を始める。





e0034554_13392068.jpgりむじん 霊柩車。4本マフラーのシボレー。

 山門から先に,見送りをするために集まっていた村の人たち。ほどこし(施)の饅頭をくばる。山門の上では親戚衆が鐘をつく。外車のクラクションはやっぱりいい音。

 俺のときは,やっぱりクラウンの宮付きがいいね。
       あの世に送られるときもやっぱクラウンさ。
         やっぱ最後は、黒塗りでしょう。
  



e0034554_13394671.jpg板場でお経を読むご婦人。

 









e0034554_1340759.jpgお斎の会場を写す。当然,私は末席です。木場は順番に上組から最後は新田ですから。
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by kbmn37gnkds | 2006-05-18 13:42 | 越後の国のこと

満行寺の前々坊守奥様、亡くなる


 木場、島津山満行寺の先々代住職の妻、島津文子さんが95歳でなくなりました。

 日曜日、世話方として会議に参加、葬儀についての打ち合わせをしてきました。

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神妙な様子、武田葬儀委員長。このあとしばらくして、香典の金額で笑わせて、一気に会議が和む。和みついでに、まったく本筋のことが決まらず。
 
 さて、亡くなられた大奥様は赤塚のお寺から、今の奥様は月潟満得寺から、そして現住職崇之さんの奥さんは、小針のサラリーマン家庭からそれぞれとついでこられた。
 木場小の閉校記念誌作成の折は、幾度か足を運んだ。耳が遠くなられたが90歳を過ぎても健在だった。つれあいの先々代、島津恵能さんは、早くにに亡くなっていて未亡人生活が長かった。また先代島津恵麟さん(長男)が早くに脳梗塞で倒れ(現在リハビリ中)精神的な苦労も多かったに違いない。まさに、戦前戦中戦後を生きた人だった。
 戦争中は、東京からの疎開児童受け入れを、近郷でも黒埼ではいち早くおこない、多くの人たちに慕われた人だ。お寺からとついでこられただけあって、威厳があった。

 7.8年頃前の話。

 長男麟太郎が、学校の地域学習に満行寺を訪れた際、全員で本堂でおまいりしたそうな。
そのとき、「お寺様が元気になりますように」と声をだしてお参りしたとのこと。住職が脳梗塞で療養していることを知っていた村の子どもの一言に、大奥様はたいそう感動して、わが子をほめてくださったそうな。親戚から後で聞いた話である。 子どもながらに親の会話を聞いていたようだ。

 「お膳のごっっおばっか食ってるとお寺様みてに病気になんだろ」
 「年忌でお膳頼むのもよしあしら・・」などといっていた。
 
 あながち、ほんとかも知れない。いまはスローフードさ。


会議の次第(詳細は写真クリック)
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e0034554_8451284.jpg<br clear=all>世話方31名。平均年齢70歳。このあと、告げの案内はがきの宛名書きしたけどけっこう皆の衆、達筆だった。なんたって、このはがきで香典が多い少ないとなるから、心をこめてとなる。しかし速度が遅い・・・・





e0034554_8434572.jpg<br clear=all>おまけ
佐渡「金鶴」・五泉「菅名岳」の飲み比べをおこなった。・・・・五泉の勝ちだなこりゃ。

 さて、今日は5月15日。父の2回目の命日である。
 残念ながら、お寺様のお経は葬儀が終わるまでこれないとのこと。母が上げるとのことである。
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by kbmn37gnkds | 2006-05-15 08:43 | 木場のこと

PTAの食育事業始まる

 
 前田酒屋のおくさん、アグレッシブ。 



e0034554_8383633.jpg(詳細はポスターをクリック)
chatcha.tekipaki.jo-samone-
ということで、九州佐賀から農民作家を呼んで講演会を開催します。

 もう一方、食育に関連して保護者対象アンケートをとっていてこれまた内容ばっちり。

 こうした活動が道端に生えてる草や、信濃川に泳いでる魚とって食いだす輩、出てくれたらうれしいな。
 笹団子つくれる人・鯉こくつくる人・チャボつぶす人 大好き。





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ハザ木、なんとか残ってます。わが地域・・・・

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by kbmn37gnkds | 2006-05-12 08:46 | 自分のこと

新潟県内、五里霧中


 霧の万代橋と明治カールの看板



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 ひどい霧、よくいえば幻想的、また作詞家山岸一二三にいわせれば

 「♪今日も霧が降るーう 万代橋よー♪」となるわけだ。


 この日、新潟県ほか福井以北は霧だらけ。紀伊国屋にいくついでに写真とってきたけど、さっぱり被写体がない。スコットハミルトン(※)がヌード撮影会やりそうな感じ・・・

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 川沿いにバイク走らせてたら、なつかしのボート部がいた。新大のシェルエイト艇だった。進入部員の体験航海のようだ。

 記憶・・・高校は2年の夏までボート部で過ごした。

ボート部に入った理由は、陸上部と違って一日中走らなくてよい、川を見ながら景気がよさそう、新しいジャンルのスポーツであるなど・・・・・実際は、毎日万代橋までの3キロを走らされる部だった。
 当時、ボート部があったのは、県高・南高・明訓・沼垂、あとは、遠く津川の野武士軍団と佐渡両津のへなちょこクルーぐらいだった。南は市内ではテキなしだったが、爆走津川には勝てなかった。

 ボートの基本・・・当時はナックルフォアのレースが標準。舵取り1人に、こぎ手4人でクルーは合計5人。最初にストロークというリズム感のいい人が舵取りの前に来て、次が主動力の2人がすわって、最後が船の先端バウで、船の波きりに左右されやすいところをこぐ、技術が高い人、テクニシャンが並ぶ。
 おれは、無駄口が多くてこぎ方にむらがあって、でも力があったので真ん中の主動力部分になった。
 自慢になるけど、ボート部1.2年合同重量挙げ大会で、2年山田主将と同格の、自分の体重(※)以上持ち上げて優勝したのだ。当時は、けんすいも20回は平気だった。

 さて、宿敵津川の武士軍団との対決。

 ボートの大会は、信濃川か津川漕艇場で行われた。
 津川はダムになっているところで、流れなく平坦な直線爆走コース。それに対して信濃川は、川の深さが一定でなく昭和大橋付近で左カーブするため、舵取りのうまさ(艇速をおとさず船をできるだけ傾けない技術)が要求される。まれに下手な舵取りクルーの津川艇に勝つことがあつた。でも負けつづけていた。

 「打倒津川、津川を倒して北信越大会、国体に行こう!」ボート部OBの熱意により、わが南高校に新兵器のオールが寄付された。
 「でっけー、ふってー」津川のオールもでっかいけど、明らかにそれを意識して大きくしたオールだった。
 練習にも熱が入った。今までのピッチ(1分間の漕ぐ回数)を上げていく方法から、1本1本、力強いキック力で推進力をつける方法に切り替えた。OBkふとんやさんも、がみがみの坂上さんもしょっちゅう教えに来てた。  船は女だ!大事にしろ、船底は女のしりだ!しっかりみがけーって。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 2年の夏、国体予選。やっぱり津川には勝てなかった。クルーを組みなおして来年もと誘われたが、気力果ててボート部を去った。
 あの日焼けした顔、リーゼント頭の赤ジャージ、津川のボート部は生涯忘れない。
 

 その後は、松田聖子の歌とともに、パチンコとアルバイトとバイクで高校生活を送った。
 高校は、何とか卒業した。
 松田聖子は、当時付き合っていた女性に相当似ていた。(その後一方的にふられた)


<br clear=all>おまけ
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 なにげなく、安部ック。上海っぽい写真になった。






※スコットハミルトン。写真家。カメラのレンズに息吹きかけて、ぼかしながら裸婦を撮影して、一時期雑誌で活躍した人

※ボート部のときの体重は、今から30キロ少ない67.5キロ。持ち上げた重さだから記憶は確かである

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by kbmn37gnkds | 2006-05-09 08:41 | 越後の国のこと

連休後半の過ごし方


田植おわって、かたずけ終わって、のんびりできた数日間。

 このぐらいの大型連休だと、ゆっくりできる、もう老体に近いから休み必要。


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一号用水路と田めぐりバイク

青の強すぎる写真に青いバイク。田んぼの緑がまだ強くないこの時期は、青が強い。次に泥色。次にオレンジ色。
 オレンジ色って、当然、オフコース、「クボタトラクターのカラーリング」である。
 




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イトヨ三昧
 連休中、ずっと食卓に上っていた春の珍味、イトヨ。おれ大好き。青森産・山形産・北海道産と食べ続ける。最後のやつは、半値で50円。妻3パック買ってきた。おれ、あぶる係。強火で一気にけぶを出す、これポイント。



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サイクリングを楽しむ・西蒲原地方の田植を見学
自分の家の田植が終わったから、やじうま根性で出かける。ほんとは、かむり新津の鉢物(苗木)見に行こうと出かけたが、角田山にさそわれて気がつくと西川・升潟あたりに。


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久々。四郷屋浜で連休ライド。6.5㎡でやや完プレ
 連休で風が入るなんて久々。風で植えた苗が流されるかもと心配しながらサーフィンを楽しむ。心の中では、風よもっと吹けと願っている、だめな農家サーファー。


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雨、加茂の水源地、粟ヶ岳をバックに1枚
 連休最後は、雨模様。やっとからだ休める。加茂の美人の湯にて。大広間が満員で、ステージ上の特設テーブルで昼寝する。持込みのおにぎりを広げて大胆な行動であった。
 ほかの客も、雨で農作業ができない近郷の百姓が多いようだ。からだと日焼けの場所をみると大体わかります。
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by kbmn37gnkds | 2006-05-08 11:28 | 自分のこと