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PTA仲間と信州へ


 
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  「バックの木と霧がすばらしい・・から、そこに立ってて」
 「ピントは後ろにあわせておくから」
 といって撮った写真には、笑顔が写った。

 9月29日、中学校のPTAメンバーで、妙高会場の県大会に参加。午後から信州に出かけてきました。
 メンバー、青木佐久間、鈴木とオイラ。土田さんはおやこ劇場の引越しとやらで参加できず、5分の4の参加でした。

 むさくるしいおれたちははずしての2ショットは、背景も手伝ってかうまくいきました。


 さて。
 この高原を出たあと、新潟までの帰路はまさしく「悪路」でした。
 地図に悪路と書いてあったところのみならず、
 
 ワインデイングというよりも、ドリフト状態。
 若干1名、急患がでました。
 その原因は私ということになってますが、足回りの硬い設定の、某欧州車かもしれません。

 (去年の様子はこちら)
 
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by kbmn37gnkds | 2007-09-30 19:33 | 自分のこと

茶がらけにもれた、鼻紙程度の写真集

 今回の四国中国旅行、どってことない写真山ほどできた。
 茶がらけにも入らないネタを書き留めておく。
 くどいようだが、茶がらけとは茶の間においてある、たん壺兼茶っ葉がら入れのことで、河合継之助の日記「塵壺」からいただいたものである。

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<お遍路さん>
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 弘法大師の呪縛、何で猫も杓子もお遍路か。
 一心不乱に歩く人、念仏を唱える人、観光バスから山ほど降りてきて、お決まりの白装束、犬にまで白い服着せてる人もいる。

 親戚の仏壇参ってるかー

 ご先祖大事に私鉄かー

 しかし、ぐるりと四国を一周できるしかけにした、弘法大師を想う。
 彼の予言で、3本もの橋がかけられたのだから。 

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<路面の電車>
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 ライバル対決、高知のごめん号


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 好敵手、松山のぼっちゃん号


昔懐かしい県庁前という看板に、新潟のかぼちゃ電車を思い出す。
路面区間が廃止となる日、白山東関屋間最終日は、おいらも缶ビールもって、乗りに行った。
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<自転車の娘たち>

 
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 淡路島の子どもたち


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 高知の高校生たち


高知市内のお掃除ボランティア、その名も@会。しょったれ大人の酔っ払いどもの後始末を、早朝からかって出ている。


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<目についた看板・名言集>





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 和食駅
 
  読み方は、「わじき」




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 まめやの看板
 ジャズがかかっている割には、げろはき学生の巣。




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天壌無窮。
高知城にある、国旗掲揚塔の基礎石。良寛様の天上大風に似ている。一目ぼれ。




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ルイビトン高知支店。
かっこつけすぎ。ビトンというより、日本人から金まきあげる、トンビ。




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88、ぱるぱるのある寺にて。
お参りする心あらば、花なぞいらんよということか。




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妻籠宿、臨済の古刹にて。
この寺には、満州に渡って開拓団となった悲劇の人たちが碑文に残る。
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by kbmn37gnkds | 2007-09-28 22:16 | 茶がらけ日記

9月27日 京都で目覚める。

 昨日の続きから。
 中国大返しの途中、神戸の手前でよっぱらになって昼寝する。
 木曜日の夜12時までに帰ればよいのだから、京都あたりに一泊か・・・おととしお邪魔したキンタのところに電話して、あわよくば飲むべいかという腹案をむっくら起きで実行する。
 ちなみに、おととしのツーリング上洛編のことは(こちらをクリック)

 電話出るかなー
 「おー、おれおれひさしぶり、今日は仕事か、何時まで」
 「8時ごろやなー、ここんとこ、修学旅行ぎょうさん入っとるから。ところでいか、今どこにおるねん?」
 「神戸の手前、バイクで四国の帰りでさー、ところで今晩おひまー?」
 たちまち飲むことになって、宿屋も手配してもらって、旅の締めくくりは、上洛とあいなった。


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ココロアタタマル・オモテナシ
 翌朝は、部屋食かつ朝から湯豆腐そしてコーヒー付。
 宿代は金子からいただいておりますという、フロントの女性がいう。おー、やられたー。新潟かえってさっそく新米送らなきゃーと思った。感謝感謝。2軒のはしごで昨晩はしめくくり、すでに早朝から調理場に入っているだろう・・・しぇいしぇい。


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 宿を後にして、清水の舞台に向かうおいら。7時過ぎは静かでよい。
 数人の観光客、それも静か好みで心あらわれる。そんな早起きの観光客の内訳をみると、日本人以外の東洋人で、まさしく中国人。醤油顔で英語かよ。

 かの国で、つば飛ばさず静かにシャッターを押している一面は、正直はじめである。

 このあとは、敦賀からフェリーにのるはずだったのだが、どうも湯豆腐のここちよさが忘れられず、もう一日ぶらぶら中仙道とおって帰るべいと腹を決め、以下
関が原古戦場にたちより、馬籠妻籠で散歩。木曽・諏訪・信濃をぬけて帰宅したのであった。
 

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 中津川で昼食。
 この町には思い出がある。木曽から飛騨へのツーリング途中、土砂降りで中津川駅宿泊。
 アル中で入院していた刺青のあるおやじが、なぜか病院抜け出してきて、駅で寝ていたおいらが起こされ、その自宅まで送り届けた。そしたらおやじは、おれに風呂沸かしてくれて、カレーを食わしてくれて、おまけに寝ていけという。さすがに怖くなっておいとましたけど、木っ端役人とはいえ、パジャマとスリッパ履きのおやじを、それもノーヘルで30分も乗せて走ったんだから無謀といえば無謀。おいら23.4の頃である。
 話がそれた。ごぞんじ味噌カツ丼、名古屋エリアではじめて食べた。しょっぱかった。

 

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 関が原の町は、聞きなれないおいらから見れば看板すべてが異常。
 関が原病院  関が原小学校・・・全部が天下分け目に見えてしまう。
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by kbmn37gnkds | 2007-09-28 21:03 | 茶がらけ日記

9月26日 坂の上の雲のまちから


 昨晩の続きから。愛媛松山の夜。

 街に繰り出し1軒目は和風割烹にちかい店。自慢は刺身で、9月末まではかんぱち祭り。お勧めならばと食べてみると、こりこりはするが薬くさい。左の二切れはイノシン酸がきいていたが、そのほかは養殖くさい。これだめ。鯵いわしのような雑魚ならこういうことはないのだが。
 次にお酒だが、地酒1ごう500円は高すぎるし、常温のやつといったら、なまけもののおかみの仕事はなんと、一升瓶のそれも酒かん器の上のほうから出してきたという。
 「この酒、かんついてない、なんかぬるい」といったら、上の説明。あぜんとして、この店おさらば。
 このあと、ギョウザやで飲みなおし、マスターのかわりに店番してやり、うんちくたれて少し機嫌をなおしてから、しめとなる最後の縄のれんをくぐってしかじか、松山瀬戸内の情報を得たのであった。
 しかしながら、あきれるほどに、縄のれんの店主も、となりの客も、新潟にはまったく興味がなく、いかに四国と新潟は、物流も人の交流もないということが分かる。

 
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 今朝は、6時に起きて松山城にのぼった。。観光客用にロープウェーがついているのもうなずける。昨日はじっちゃんばっちゃんがラジオ体操していた高知城だったが、こっちはすこし健脚向けだ。山頂の景色は絶景。ご領主様気分。
 お城の上で柏手でをうっている外国人を発見、フランス人風ながら、日本文化を心得ていて、よもに向かってきっかりとお祈りしている。ちなみに我が家では、正月用のもちを備えるときだけである。
 さて、下山後はちんちん電車にのって、一気に道後温泉に浸かるという目論見だったが、すでに腹へーり、エネルギー補給信号が出ていたので、そくバイキング朝食へ。ほんと朝飯付5200円は格安。
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 この日は、宿を9時出発、いよいよしまなみ街道をへて本土広島に戻る行程だ。。途中、今治の城により、しまなみの大三島でおりて大山祇神社を見学して尾道へ、あとはひたすら京都まで、俗にいう中国大返し(主君のかたき明智を倒すべく秀吉軍のこと)を敢行したのであった。
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by kbmn37gnkds | 2007-09-26 08:32 | 茶がらけ日記

9月25日 土佐日記 昨日の続きから

 土佐の夜。 
 
露天風呂をあがった後、いざ街に繰り出す。
 こじゃれた店が多くて、これだがなく思案。結局、和風居酒屋のカウンターに落ち着いた。
 さっそく、「刺身盛合わせ」
 1200円とはやるじゃん、お刺身道場海山だったらと食いきれんと思いつつ、
 「五種類以上盛り合わせてますから、量というより色々楽しめますよ」・・・おかみ
 「ほう、新潟からですか」
 しばらくつまみ談義・酒談義。
 おかみが離れた後にカウンターの板さんに、
 「かつおはうまいね、この甘えびは地物かね?」・・・かまうおれ
 「冷凍になって北からやってくるから、地物なんてのは感覚ないねー」
 「このいかは、もんごうかい、やけに肉厚だねえ」
 「これはこの沖でとれますよ、するめいかが50センチぐらいになったような・・・」
 「するめ、やりの旬はこっちじゃないんだ」

 たね(ネタ)明かしすると、かつお3切れ、痩せた冷凍甘エビ、定番のまぐろ3切れ、肉厚いか、鯛ちょぼっと。・・・・だめだこりゃー
 <その他食べたもの飲んだもの>
・生1杯、地酒2種類、合計銚子4本
・卵焼き・・・板場はすし屋経験あり、巻いてある。
・焼き鳥・・・しょっぱー
・酒盗・・・・珍味、うまい
 <お客メモ>
新潟賢人1名
やくざ風中年1名
合計2名、カウンターの右と左にて。
その後、くだんの男は、若手がベンツで迎えに来てお帰り、パンチあててたからね。

明けて、今朝は・・・・・高知城の散歩、路面電車とともにあるく、高知新聞社前の掲示板で朝刊たちよみ、
ビトンの店前・市場・繁華街・人間の写真をとり朝食会場へ。

 バイキング500円なり。今日これからは、松山に向かう。途中は四万十川か宇和島経由、つまらなければ早々と松山からフェリーで呉市に渡る。

 写真はあとからはっ付けるから。

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田んぼのあぜに咲く彼岸花を、記事の区切りにして・・・
 
 もうすぐ松山というあたりのたそがれ時、12時きっかりに降り出した、土と砂の雨、通称土砂降りも愛媛県に入るとやんでいる。
 かっぱ着たまま、ずっと四万十川を上る。途中はカメラもさっぱり出せず、得意のうどんも食いそびれ、とこやも居留守で行きそびれ。それでもなんとかたどり着きました。
 本日の収穫は、そうですね、桂浜のみやげものやで17,000円も酒などを買い物をしたこと、四万十の町でダメ押しの栗焼酎を2本買ったことでしょうか。いずれも本人到着前に自宅に届くはずです。

 おいら。なんで、稲刈り終わるとこんなに気が大きくなるのだろう。地図もさっぱり見ないで旅している。
 まーいいか、今夜も何とか松山城のお膝元、インターネット付き・朝食付き5200円の宿がとれた。これからまた、松山の町に繰り出す。さっと(そっと)飲んで、明日の早朝は松山城に登る。道後温泉まで朝風呂に行く予定。
 
<今日の写真あらかると>

 
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昨晩の利き酒とネーミングが気に入った高知の地酒。桂浜の前に蔵がある。店員さんとの酒談義で箱買い。あわわ。

 鯨も酔うって酒、素敵です。

 
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 ご存知沈下橋。・・・じつはこの手の橋だらけ四万十川。雨の四万十。
 こんな写真、五万十ある。

 
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高知県のラーメンかオリジナルなのかはわからない。
 お預け状態から脱出するため食べたラーメン、450円。甘くてコチコチしてうまい。この町には食堂が1軒しかなく、おまけに魚屋も隣でやってるっておやじです。
 「ラーメンうまかったです」
 「おう、よく出るんだよ、ラーメン!」

 ・・・・・ほかのメニューにどうも期待できそうもない店構えだからなんじゃー・・・
 
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by kbmn37gnkds | 2007-09-25 07:40 | 茶がらけ日記

9月24日 茶がらけ日記 風呂の旅はいいな


 
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 23日の日曜日、4時半に新日本海フェリーに乗船、敦賀まで。出航と同時に入浴、新潟島が遠景になり、日が沈み、真っ暗の海に漁船がちらほら・・・

 こんな光景も昨晩のことで、いまは土佐高知のビジネスホテルにいる。
 14階屋上に露天風呂、ロビーにはインタネット。そしてロケーションははりまや橋と高知城とみやげもん市場の近く、ライトアップされた高知城を見ながら風呂につかって・・・

 無事に四国にたどり着きました。昼食はもちろんセルフの讃岐うどん。お揚げをのせて2玉ぺろりしめて420円。あー極楽。
 ただし、曇り空の中空から水滴が。それも粒の大きい奴がランダムにやってくる。雨具着たり脱いだり、ここ土佐だけである。

 まあいいかー 旅の空。

 
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 U-don with kitsune age

 
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この光景、どっかと似てる。岬や半島のアプローチっていつもこんな感じ。
 (襟裳岬の旅はこちら
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by kbmn37gnkds | 2007-09-24 19:09 | 茶がらけ日記

しばらく休刊です。


 本日9月23日から27日まで旅に出ます。

  四国まで、うどん食べに行ってきます。

もし、ネット付のりっぱなホテルに泊まれれば、途中で更新します。

 将来の夢は、旅する写真家・ボヤッキストですから、今回はプチ夢の実現です。

 どうか、探さないでください。

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 (職場のT腰から、旅のみやげにもらった写真です)
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by kbmn37gnkds | 2007-09-23 08:51 | ブログ運営管理

朝顔


 
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 英語では、モーニンググローリー  

 朝の勢いはいいが、あとはしょぼん。

 それでも、朝っぱらからしょぼんよりましか。


 昨日、大学時代の友人がメールで写真を送ってきた。
 金髪のかつらをかぶっておどける彼女。46歳。
 25年も前のこと。
 彼女は、稚内というところに住んでいて銀行員。当時、友人とは遠距離恋愛だったのだが、単純に距離だけではなく、子どものような大学生と社会人では住む娑婆゙も違うのは当然。その後、彼女は地元で結婚し子どもをもうけて家庭の人になった。
 友人は、多少のぐうたら癖があり、現在も独身で、おいらも腐れ縁の友人として割り切っている。ちなみに当時の彼女には、友人のアパートで1度だけあったことがある。
 もう少しくわしく、この友人を説明すると、大学合気道部の1年先輩で、おれより1年早く大学に入り、2年遅れて卒業した、まーやっぱりぐうたらである。
 この前、「10月に都内で研修があるから、さみしかったら呑んでやってもいいよ」メールをしたら、「この日だけはだめ」と断られた。
 出張ヘルス嬢と友人になり、えらくはまってなんてこともいっていたので、どんな理由かじわりじわりと掘り起こしてみると、紆余曲折、なんと25年前の彼女と交際していたのであった。

 ここにいたるまでの、お互いのドロドロは聞きたくないが、、驚きと感激と祝福。まさに白い恋人騒動。近いうちに押しかけていこうと思う。

 彼の名はいしざき。おそざきの石崎。夕顔タイプである。


 石崎との出会い。

 大学入学したての頃、武道部の執拗な新入部員の勧誘で、えらくまいっていた。そして、おれが捕まったのは合気道部。
 1週間の仮入部だけでもいいから入ってくれとの拝み倒しあり、びびらせあり、キャッチセールス・サラ金取立て風と、あの手この手・・・
 その後、大学の運営に寄与するサークルに入ると抜けられるという、山梨の友人からアドバイスをうけ、なんとか脱出に成功したのだった。
 「もう、ほかのサークルに入りました」と、学生服の連中に報告し、これで大学生活をエンジョイできるぞとひそかに思った。
 その時、人情派のいしざき登場、おれも坂戸に住んでいるから、今日帰ったら飲むかという話になり、昨日の敵が今日の友じゃないけども、たちまち意気投合し、一晩でビール10本ぐらいあけたのであった。
 酔っ払ってよくは覚えていないが、
「まー短い縁だったな、どっかでがんばれよ」で、この日は終わった。

 翌日。合気道部に行って、おいら、なぜかななぜかな、
 「おれ、入部します。仮入部なんていいから、本入部します」
 ということで、城西大学合気道部第17期、それも入部第1号になったのであった。後に続く野郎どもから見れば、なんだこいつーであるが。

 この移り気は何だったのかとつくづく考えると、いしざきという、ぐうたら人情派にだまされたに違いない。
 入部しますといったあと、道場にやってきた、張本人のいしざきは、

 「え、なんで、昨日、入部しないって、ゆっ・たっ・しょ」・・・北海道風にいうてー

 「ほんとにいいんかー やめとけー」

 「おいおい・・・・それはないだろう」

 これが、いわゆる、腐れ縁のはじまり・なれそめであった。




 今朝は、このへんの夢からさめて、いささか筆が走った。
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by kbmn37gnkds | 2007-09-21 05:38 | どうでもいいこと

逃亡癖発症

 去年おととしのいまごろ何してたかなーと、ブログバックナンバー見たらでてきた。

 また、台湾行きたくなった。

 (イメージ写真はこちらをクリツク)

 嗚呼 朝の散歩にデカケルワ・・・・・・・
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
<その後>

 晩酌ついでに追加する。
 あさの散歩で見つけた風景、隣村の板井は稲刈進んでるかなーって高速道路の向こうまで行ってきた。

 
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  稲穂が黄金色です。これでも光半分にしています。なせか1箇所だけハザがけやっているんです。板井もいいとこありますよ。午前6時半。

 おまけはオイラの古代米じゃ。

 
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by kbmn37gnkds | 2007-09-19 06:01 | 自分のこと

ほんと、越後は豊かだにゃー


 当たり前のようなことだが、本当にこの国(越後)はよい。
 秋田以北は大洪水というのに、弓なりになった日本列島の中心にあって、まったくの被害なし。乙女ごころに秋の空っていうほど天気予報に踊らされることなく、わが郷土は連日ピーカンで。

 「秋愛でて 民肥やしてぞ 上杉の いくさは潔し  いざ厩橋へ」
    
   オイラ作です。 うまやばし、厠ではありませんよ。

 驚くべき、豊穣の秋。

 豊作で米が余るというこの娑婆は、一度ぐらい、日本全国水没しちまえと短気になるが、それでもこの越後は、不沈なのである。

 コシの国(越前・越中・越後)は、さすが太古の大和朝廷も一目おく地方なのである。

 パソコンいじりながら飯台を見ると、なす・うり・えだまめ並んでる。

 「あー ブラボー越後  はっぴねす越後」
  これもオイラ作です。

 チーズと梅干で、またまた晩酌ぱーと2が始まる。・・・・かってな口実です。

 ほうら午後10時、おかあさんが帰ってきた・・・・・・・。

 なんか写真見つけてのせとこ。


 
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  (夏にやってきたドロス号の便所の電気)
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by kbmn37gnkds | 2007-09-18 21:54 | 越後の国のこと